それでも嘘ではないつもりだった。 「ルーク!ルーク!どうなさいましたの」 「なんでもねーよ。ただ変な紙切れが落ちてたから拾ってみただけだ」 「紙?ああ!それはたぶん紙ふぶきの紙の一部ですわ」 「紙ふぶき?なんだそりゃ」 「紙をこのように小さく切って雪のように見立てたものですわ。ひらひら舞って綺麗ですのよ。きっと昨日わたくしの生誕パレードが行われたときのが風で飛んで来たんですのね」 「生誕パレードねぇ。そういやお前昨日誕生日だったな、ちょっと待ってろ」 そういうとルークは駆けていってしまった。仕方なく待っていると背に何かを隠しながら戻ってきた。 「ほら!!なんも用意してなかったからこんなもんしかねえけどやるよ!」 差し出されたのは小さな花束だった。包装紙もリボンも付いていない、ただ摘んだだけの花達。綺麗に整えられた花束しかもらったことのないナタリアにとっては粗末に見えてしまうそれ。 「まぁ!ルーク。あなた勝手に花壇の花を摘んで来ましたのね。ガイに叱られますわよ」 「う・うるせぇー!ガイなんかこわくねぇっつーの!!」 ルークが自らのズボンに手を擦り付けるのを見てナタリアは初めて花にかすかに赤いものが付いてることに気づいた。葉で切ったのだろう。ルークの手はかすかな切り傷がたくさん付いていた。痛くないはずないのにそれでも自分のためにこの花を摘んできてくれた。誰かに命じるでもなくルーク自身の手で。 ナタリアの胸に温かいものが滲む。 「ふふ。ありがとうございます、ルーク。大好きですわ!」 嬉しさのあまりルークに飛びついて抱きしめる。 「な・なにすんだ!!いきなり飛びつくじゃぬぇー!!」 そして目を覚ました。 夢から覚めきらない頭でぼんやりとさっきまでの夢の内容を思い出す。 (あぁ、あれは12歳の誕生日のときの…。なんて懐かしい夢。) ようやく覚めてきた頭は昨日なにがあったか思い出していく。 昨日はルークの成人の日で、ナタリア達はタタル渓谷に集まってティアの歌を聴いていた。そしてもう帰ろうとした時、彼が帰ってきたのだ。 ルークの帰還に皆涙を流して喜んだ。ただジェイドだけが離れた場所から悲しそうにわたくし達を眺めていた。 結論から言えば、彼はルークではなかった。混乱するわたくし達をジェイドがアルビオールに乗せ、グランコクマの宿まで運んでくれた。そこで彼が誰なのか。どうしてこんなことになったのかジェイドに簡単に説明を受けた。大爆発?彼の身体はルークで、でも精神はアッシュ?アッシュだけどルークの記憶を持っていて? 訳が分からなかった。 どうして?どうしてどうして!! 喜べばいいのか悲しめばいいのかもわからない。 混乱するわたくし達にジェイドはゆっくりと絶望を告げた。 「彼がアッシュである以上、ルークが帰ってくることはありえません。」 呆然とするわたくし達にジェイドはもう休んだほうがいいと言って、部屋に連れていってくれた。その間アッシュはずっとわたくし達から目を逸らし、空(くう)を睨んでいた。 朝になり皆が集まる。ティアもアニスも目が赤かった。たぶんわたくしも似た様な顔をしているのだろう。ガイは眉を寄せて俯いていた。ジェイドだけが無表情だった。否、ジェイドが無表情でいることが異常だった。 暗く沈んだ空気の中、アッシュが語り始める。 いわく、ルークはアッシュに自分が上書きされることと彼は帰れることを知って、アッシュにわたくし達への伝言を託したらしい。 アッシュはティアに、ガイに、アニスに、ミュウに、ジェイドに彼の言葉を告げた。あるものは泣き崩れ、あるものはうつむき嘆いた。 「ナタリア」 アッシュが声をかける。本来ならルークと同じであるはずの声音はその響きによって驚くほど異なる。男らしく感じて好んでいた。だけどその堅く、力強い声を今は聴きたくなかった。 「ナタリア」 (あぁ、わたくしの番ですのね) そっと顔を上げてアッシュを見る。いつだって眉間にシワのよっていたアッシュだが、今はさらに不機嫌そうに見える。ティア達にルークの言葉を伝えていたときよりも言いづらそうだ。 「アッシュ、ルークはわたくしにはなんて?」 アッシュはゆっくりとまばたきをし、そして告げた。 「『喜んでもいい』」 「え?」 「『喜んでいい』だそうだ。『ナタリアは喜んでいい。アッシュが帰ってきたことを。俺のために泣く必要はない』そう言っていた」 沈黙が部屋に広がる。 どうすればいいのか分からなかった。 ただ悲しかった。彼がいないことが、彼にこんな言葉を残させたことが。 わたくしがアッシュのことばかり気にしていたから、最後までルークに気を使わせてしまった。 今思えば、彼に対してなんて自分は身勝手だったのだろう。一方的に約束を押し付けておきながら、被験者(オリジナル)でないと分かったとたんにアッシュになびいた。 アクゼリュスのことだって落ち着いて考えれば、決してルークだけが悪いのではなかった。ルークとヴァンの話を聞きながらわたくしだって何もしなかった。彼の態度に原因がなかったとは思わない。でもそれが間違った方法だったとしても、彼がアクゼリュスの人々を救おうとしていたのは確かだったのに。 それなのに落ち込み、変わったルークをわたくし達は当然のように思っていた。すでにもう傷つきようのないほど傷ついた彼に反省を強要し、追い込んだ。 かつてはルーク、ルークと婚約者面していた自分がアッシュのことばかり気にする様を彼はいったいどんな気持ちで見ていたのだろう。なのに、わたくしは複製(レプリカ)であることを気にしているルークに自分自身のけじめのためだけに、彼の気持ちも考えずアッシュとの約束を復唱させた。 傷つけて傷つけて傷つけてきた。 アッシュが好きだ。真面目なところも、実は優しいところも、男らしいところも、全部。ずっとずっと出会ったときから、彼が『ルーク』だったときから好きだった。 でも彼が消えてからの7年間、ルークといた7年間。幼い日の記憶だけではきっと好きではいられなかった。ルークの、アッシュとは違う彼自身の優しさや温かさ、それがあったからこそ『ルーク』を過去にせずにいられた。 「ナタリア、大丈夫か」 アッシュが気遣わしげにナタリアを覗き込む。 きっとひどい顔色をしているのだろう。血が引いているような感触がする。 「アッシュ…」 緋色の髪が目の前で揺れる。 彼が帰ってきて嬉しい。もう会えないと、亡くなったと思っていた、愛しい人。 抱きしめて、再会を喜びたい。 愛している。 でも、それでも。 ルーク。 あなたを好きだった7年は嘘ではなかったはずなのに。 大好きと言う言葉に嘘はなかったはずなのに。 裏切りの代償はあまりに高く、わたくしは彼を思って泣くことすら許されない。 |
それでも嘘ではないつもりだった